世界史

世界史を地図を使って紹介

ナポレオン戦争(イタリア)

18世紀のイタリアの政治的状況は、16世紀の時とほとんど同じであった。唯一の違いは干渉してくる外国勢力がオーストリア帝国に変わったことだった。

イタリア

拡大地図を表示

1768年ジェノヴァ共和国は、独立戦争が続くコルシカ島をフランスに譲渡した。その翌年にコルシカ島で生まれたナポレオン・ボナパルトは、1796年にフランスの将軍としてイタリアに侵入した。 当時ミラノ公国はオーストリア帝国の属国と化していた。また、エミーリアやロマーニャなどの教皇領北部も実質的には領主により支配されていた。それらの国の住民は圧政に耐えかねてナポレオンを解放者として受入れたため、戦局はナポレオン優位に動いた。

コルシカ島

拡大地図を表示

この時中立という立場を取りつつもオーストリア軍に自国の領土の通過を許したヴェネツィア共和国は、ナポレオンの反感を買ってしまう。ヴェネツィアは弱体化も激しく目立った抵抗も出来ずにナポレオン軍の侵略を許し、オーストリアに譲渡されてしまう。

1797年には、北イタリアの占領していた地域をまとめてチザルピーナ共和国を建国し、1798年には教皇領のローマもフランスの手に落ちる。

1805年、ナポレオンはオーストリアから奪ったヴェネト地方、エトルリア王国などを統合し自身を大統領とするイタリア共和国を建国し、皇帝になるとともに共和国はイタリア王国となった。残るナポリ王国も妹婿のミュラに委ねており、イタリア半島はナポレオンによりほぼ統一されたことになる。